VOICES:東日本大震災8年 「あの日」に向き合い続ける元教諭

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  • Опубликовано: 6 сен 2024
  • 東日本大震災の津波で児童・教職員84人が犠牲となった宮城県石巻市立大川小学校で、あの日の記憶を語り続けている男性がいる。同小に通っていた次女・みずほさん(当時12歳)を津波で亡くした「小さな命の意味を考える会」代表の佐藤敏郎さん(55)だ。佐藤さんにとって「8年」はどんな意味を持つのか。活動の変化や今後の展望についても聞いた。【撮影・加藤隆寛、丹治重人】2019年3月8日公開

Комментарии • 40

  • @789syu
    @789syu 3 года назад +30

    自分の子供なのに自分の生徒じゃなかったばかりに救えなかったというのがもう想像を絶する。淡々と解説する姿が堪らない

  • @tubeismybirthplace
    @tubeismybirthplace 3 года назад +29

    お子さんが犠牲になったんだけど、あの場に居た先生じゃないんだよね。一生振り返り続けるんだろうな。返す返すもおかしな人間が児童を引率してたよな。区長の言うことを判断基準にして広報車の再三の避難勧告を無視した教頭。全児童の生命を預かっているという自覚があったとは思えないタワケ者。

  • @pizza__y
    @pizza__y 3 года назад +16

    この間の修学旅行でここに来てこの方のお話を聞きました。心が痛くなりますがこの事をたくさんの人に伝えて、災害で亡くなる人を減らしていきたいと思いました。

  • @user-vj3jm9cv4m
    @user-vj3jm9cv4m 3 года назад +15

    私があの子達の親だったら、先生を許すことが出来ないと思う。地震が来て裏山に逃げる生徒を制止したら、児童は先生に逆らえない‼️50分も時間があったら、数多くの命を救えたと思う。残されたランドセルが辛すぎる。

  • @sojo3025
    @sojo3025 5 лет назад +13

    あの日を絶対に忘れてはいけないですね❗いまだに現実として受け入れられません。

  • @user-tp7wr4uh8p
    @user-tp7wr4uh8p 2 года назад +4

    2021.11.20
    ある大学の団体で大川小学校を訪問した者です。黙祷をすると何かが心を突き抜けるようなすり抜けるような感覚になります。また行きたいです。佐藤さんにまた会いたいです。

  • @user-fz1wy1lc6v
    @user-fz1wy1lc6v 3 года назад +10

    この大川小学校の話を聞くたびに、亡くなった方のことは勿論だが、生還した人たちの心情を思うと胸が痛くなる。
    大勢の友達や先生、兄弟が亡くなっている現実が彼ら彼女らを苦しめてしまってはいないだろうか。PTSDなどになってはいないだろうか。きちんとメンタルケアはされているのだろうか。それを思うと胸が締め付けられる思いだ。

  • @user-pu3lr5fl2c
    @user-pu3lr5fl2c Год назад +3

    すごい登りやすそうな裏山なんだね
    語り部さん小慣れてる感がすごいけど、それだけこなしてきたんだろうな。

  • @user-madmad
    @user-madmad 2 года назад +6

    どう考えても山に登った方が良かったけど、当時先生達が非難方法について言い合いになったりと
    かなりパニックになって冷静さを失ってたのは間違いない。
    二度とこんな事は起きて欲しくない。

  • @user-lw7lg6do7w
    @user-lw7lg6do7w 3 года назад +12

    俺はトラック運転手だけどこの状況でトラック捨てて逃げるって選択肢ができるかわからない
    津波がこないかもしれない、こなかったら怒られるって気持ちの方が強くてその場から動かないだろうな

    • @user-madmad
      @user-madmad 2 года назад +1

      橋の上でトラックの荷台に乗って津波逃れようとしたおっさんが中継で映ってたな。助かったらしいけど

    • @user-lj6kr4gm3i
      @user-lj6kr4gm3i 2 года назад +1

      @@user-madmad あのドライバー助かったのか
      良かった!

    • @user-madmad
      @user-madmad 2 года назад

      @@user-lj6kr4gm3i
      尊師w

    • @user-s1o1u1t9a
      @user-s1o1u1t9a Год назад

      うちの主人はドライバーですが、やはりトラックをおいて避難することを考えられなくて津波にのまれたドライバー数人いました。
      命は助かりました。
      後日なんとか無事だったドラレコを皆で見て、脱出してから車内に津波が入ってくる映像を見てゾッとしたと言ってます。
      主人はたまたま会社にいて、上司が「トラックを安全なところに移動させるぞ」と命令し、大半の人達は「そんなことより避難が先だろ」と車に乗って帰りましたが、主人と数名は後ろから津波が来ていることを知らずにトラックを渋滞に巻き込まれながら移動させました。
      結果的には助かりましたが、会社と命令に従った人達の車は津波で流され、この上司の従業員の命よりトラックを優先させた行動が問題となり、減給処分がくだったようです。
      場所は津波の想定範囲内でした。
      こういう場合、ドライバーはどういう行動をとるか、あらかじめ会社が決めてもらったほうがドライバーは動きやすいと思うので、災害時のマニュアルみたいなのを今のうちに作成してもらったほうがいいですよね。
      もちろん、トラックより命が大事ですよ。
      ドライバーの判断にまかせちゃうと、納品時間が~とか、取引先の荷物が~とか考えて、避難が遅れる可能性大ですからね。

  • @user-dg9zq4cv4u
    @user-dg9zq4cv4u 2 года назад +4

    3:35~ これが公務員体質。これを変えるにはどうすればいいのか。ホント考えてほしい。

  • @user-us9oz6ye6s
    @user-us9oz6ye6s 3 года назад +5

    怖かっただろうな…。絶対にコロナ無くなったら行く。

  • @tsubakik3662
    @tsubakik3662 2 года назад +1

    東日本大震災は、人生観が変わるものだったに違いない。。

  • @hainsitatte7379
    @hainsitatte7379 3 года назад +17

    子供は、先生の言うことをきちんと聞いて、先生の言う通りに避難行動したら津波に飲まれた。先生の罪は重い。なぜ先生の言う通りに行動したら死ななければならないのか。
    当時子供にとって先生だけが頼りだったはず。先生が救ってくれると信じていたはず。
    生き残った先生は保身に走ることをせずに、正直に脚色せずに当時の状況を話して欲しい。
    1983年の日本海中部地震で遠足に来ていた小学生13人が津波で命を落としている。その時の先生も誰も責任を取らなかった。
    そして、その教訓は教育関係者が生かそうとせずにまた津波で命を落とす悲劇が起きた。

  • @user-wl6vn3li8d
    @user-wl6vn3li8d 5 лет назад +12

    まだ8年、もう8年

    • @user-gi6ol6ip1t
      @user-gi6ol6ip1t 5 лет назад +3

      長崎から現2019年、黙祷しました!色々考えさせてもらいました・

  • @user-rz7we3dv9r
    @user-rz7we3dv9r 4 года назад +6

    とてもいい教員さん!

  • @PixelCreate55
    @PixelCreate55 3 года назад +11

    なんで山に逃げなかったのか、不自然なくらい近いし登れる傾斜だ…。
    「何故?」しか言葉が出てこない。

    • @aoisouya0621
      @aoisouya0621 3 года назад +1

      映像に映っているのはコンクリートがひいてあるから理解出来ると思うけど震災後に整地伐採された山道です。(案内人の方も「あの時ここがあったら」という言い方をされてます。)
      当時の新聞を見れば校庭すぐの裏山にはビッシリ杉林が並んでいたそうですよ。よく話に出てくる「子供でも登ろうと思えば登れる」裏山のシイタケ畑は体育館奥の裏山を山沿いにぐるっと回ったところにあった土木関係者用の伐採道(大人ひとりが登れるぐらい)だったそうです。
      また震災の日の天気は雪のちみぞれ、気温は3℃。もちろん山道はぬかるんでグチョグチョ。何も知らない大人なら「危ないから行ってはいけない」って言ったんでしょうね。

    • @PixelCreate55
      @PixelCreate55 3 года назад +2

      @@aoisouya0621
      ご説明ありがとうございます。
      状況は理解しましたが、この山への道が当時そのような状態でも、その山を登って逃げた数名が生き延びた事実は、残念ながら変わりません。
      50分もの時間を校庭で待機するよう、子供たちが「強制」された事実も変わりません。
      山を登ろうとした子が先生に連れ戻され、山に登ろうと発言した子供たちの声も実現せず、子供たちが亡くなった事実も変わりません。
      多少危険でも、
      登って怪我をしても、
      仮に登った先で凍死しても、
      何もできずにただ死ぬより良い。
      と、私はそう考えます。
      とは言え、指示した先生方が「何もできずに死ぬことを選択した」わけでないことは、もちろん理解しております。
      結果的に亡くなる場所に留まってしまった。
      それが全てなのかもしれません。
      こんなに子供たちが一ヶ所で亡くなって、納得のいく答えなどないのでしょうね。
      もう二度とこのような事が起こらないよう、祈るばかりです。

  • @kiha201
    @kiha201 Год назад

    学校があるということで安心してしまうのではなく,親が自分で,自分の子どもの学校が地震の後の避難場所をちゃんと決めているか,それはどこか,定期的に避難訓練をしているか,ということを普段から関心を持ってちゃんと知っていなければならない・・・もしそれがちゃんとしていなければ正すように,学校や組織に働きかける。取り決めや訓練がなくておかしいと子供が自分で思うとはかぎらない。親のほうから常に子供に質問して確認しなければわからない。知らないままでいない。学校や市の組織も役割があるけど,親にも最低限の役割がある…ということを学べました。

  • @makutei
    @makutei 3 года назад +12

    ダメダメな見本として語り継がれる

  • @17780618
    @17780618 21 день назад

    高いところに逃げるという単純な答えに何故辿りつかなかったのか
    私は消防で勤務しておりますが、私の職場にも申し訳ないですがいわゆる無能な上司がいてそんな連中がゴマスリでトップにのし上がってきています。
    自分はそうならないように最善をつくしたいと思います。

  • @user-td4ge9fn2i
    @user-td4ge9fn2i Год назад +1

    学校の先生だって逃げたかったに決まってる。子供だってわかっていた。
    先生は電話で避難について誰かに確認していた。その人物がとどまるように言ったのでしょう。それが誰なのか。

    • @user-jq9cm3vd3p
      @user-jq9cm3vd3p Год назад +1

      教頭は不在だった校長に指示を仰いだはず、校長がどういう指示をしたのか知りたいですね。

    • @user-td4ge9fn2i
      @user-td4ge9fn2i Год назад

      @@user-jq9cm3vd3p さん
      はい、校長にも連絡したと思います。娘の卒業式だとかでたまたま休みだったらしいですが、午後3時まで卒業式をやってる学校なんてありませんから、先生方が連絡したはずです。校長に繋がらなかったら教育委員会にも連絡したでしょう。誰かが嘘をついている、隠している。それは間違いないと思います。ではなぜ足止めさせたのか。他の小学校の校長は地震後、少しでも高い所にと子供達を高台に走らせ避難させました。大川小の教員にとどまるよう指示した人物は故意だったのかもしれません。そうとしか思えません。指示をした人物の帰化情報も必要でしょう。

  • @CN-yj4xt
    @CN-yj4xt 2 года назад +1

    この人 自分の娘さんの命を獲られたのに冷静だわ
    同じ教師だからの遠慮が有るのかと推察するが、もしそうであったなら、それは違う
    同じ教師だからこそ劣等な教師は排除すべき活動をするのが本筋

  • @user-uk1te6xk8v
    @user-uk1te6xk8v 3 года назад +1

    それで良い今オ生きろう

  • @user-zb6qt5bc5l
    @user-zb6qt5bc5l 4 года назад +11

    要するに?この学校の教師は…いざ!とゆう時の行動をなにも?学んで…いなかったとゆう事では?

  • @user-pq6xw2dp9c
    @user-pq6xw2dp9c Год назад +1

    自分の子供が亡くなったわけでもないのに、自分の子供を失ったと勘違いしている感受性高杉マンは一旦冷静なりぃや。
    ウチら所詮部外者やで。
    教師を人格否定して貶めて恥晒ししているみたいで嫌や。そんなことしたいわけでもないやろうに。
    教師を憎んでいいのは遺族だけ。部外者が余計な怒りを持つと無駄に加熱して話がややこしくなる。
    部外者は冷静に情報を分析して、後世に繋げていくことしかできんやろうが。
    家族を失った人に寄り添うには最もやけど、それで自分の心も過去に縛り付ける必要なんてない。